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能登の旅・・・2

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☆見付島(みつけ島)

見附島は周囲450m、高さ30m、渚から200m程沖合いにある離れ小島です。

間近まで軽岩の人工踏石が一列に入れてあります。

左方に更なる小島と鳥居を控え、島上に黒松、牡松、樽、栗、楓、椿などが

分布して、烏や鵜、鴎のねぐらとなっています。

波浪風雨による侵食が激しく岩盤などが年々削り落

とされています。

*1968年指定。石川県4市12町及び富山県2市を含む総面積約9800ha、

海岸線延長 約370km。

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☆恋路海岸~九十九湾(遊覧船乗船)~父の実家~宿へ

恋路の悲恋伝説

源平戦乱の頃、平家の落ち武者谷坂小平次なる者、この里に来て刀を捨てて百姓となり暮らしていた。その頃からこの付近を小平次の里と呼ぶようになった。

木郎の里(現在の不動寺付近)の助三郎は釣り好きの若者で、いつもこの浜で釣りを楽しんでいた。

また多田の里(現在の珠洲市宝立町)に鍋乃という美しい娘がいたが、ある日潮干狩りをしていて誤って溺れかかっていたところを助三郎に助けられ、それから二人は恋仲となり、人目を忍びこの浜で逢瀬を重ねていた。

月の無い暗い夜は鍋乃の焚くかがり火が助三郎への合図としていた。鍋乃に想いを寄せるもう一人の男、源次は二人の仲を妬み、助三郎さえいなければと、ある夜に灯りを崖の外れに移して助三郎を騙し、そのせいで足を踏み外して深い海に沈んで帰らぬ人となってしまった。それを知った鍋乃も源次の求愛を退けて海に身を投げて助三郎の後を追った。

里の上に小さな観音堂がある。この無柱の堂にいつの頃からか一人の老僧が住みつくようになった。この僧こそが改心した源次その人であった。若き日に男女の仲をさいて死に至らしめた過ちを悔い、以後仏弟子となって二人の菩提を弔いつつ、諸国を修行して故郷に帰ったのである。

愛欲、嫉妬に苦しんだ若き日を省み、男女の仲を取り持つ事もしばしあったので、いつしか縁結びの観音堂と言われ、この堂に参拝する二人は必ず結ばれると伝えられたそうです。その頃から誰言うことなく小平次の里と呼ばずに『恋路 こいじ』と言うようになったと伝えられています。

『広報 のと』より参照

九十九湾(つくも湾)~遊覧船乗船。

海の色はエメラルドグリーン、漁船が(イカ釣り)が後一週間もすると出航するとか。

出航すると2~3ヶ月は戻らないそうです。

写真に撮る事が出来て、な~んて幸せなことか (*^。^*) ☆彡☆

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コメント

ショウさんこんにちは(^^)
「恋路の悲恋伝説」・・・可愛そうな若い二人で悲しいですが良いお話ですね。
「いつしか縁結びの観音堂と言われ」・・・ロマンティックでこの海岸にピッタリのお話です。
場所に関した昔話って心を打たれます。
ショウさんのお陰でひとつ勉強出来ました。


投稿: じの | 2007年6月 4日 (月) 15時13分

*じのさんおはよう御座います♪

悲恋伝説・・・今になって思い出します、写真に収めている時は夢中になって恥ずかしいのですが、悲しい話に浸っている時間も無くガイドさんの話に“うん、うん”と、うなづくばかりで(~o~)・・・次にって感じ・・・

次回行けたら悲恋伝説に浸ってきます♪

投稿: syou | 2007年6月 5日 (火) 08時28分

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